『TENET』の感想 

2023年7月17日

TENETの楽しみ方

 SF映画の楽しみ方は人それぞれで、科学的に正しいかをどうか検証したり、斬新な映像表現を期待したり、至るところに張り巡らされた伏線に驚いたり様々で、どれか一つが正しいわけではないし、一人で色々な楽しみ方をする人も多いと思う。私のSF映画の楽しみ方はというと、監督や原作者のメッセージを読み解き、世界に対する警鐘を感じ取ろうとチャレンジすることだ。
 難解だと話題の『TENET』にも、もちろん警鐘(≒テーマ)があると思う。ノーラン監督にテーマなんてあるのだろうか。CG使わずにド派手なことをして、それをIMAXカメラで撮りたいだけだろと疑問を持つ人もいるだろう。
 難解だというのはストーリーラインで、時間の流れが行ったり来たりする上に、設定も多く置いてけぼりに遭うだけだが、それが結構辛い。私も一度観ただけなので、よくわからないところの方が多いくらいだ。テーマを考える前に「この映画は意味不明!嫌い!」となってしまう人の気持ちもよくわかるが、テーマは自体は単純でわかりにくくないと思う。

エントロピーの増大=リベラル

 前置きが長くなったが『TENET』のテーマは単純で、「エントロピーの増大」を「リベラル」と見立て、それに対し時間の流れを反転させ「エントロピーの減少」させることが「アンチリベラル」で、人間社会の「リベラル」vs「アンチリベラル」の抗争を比喩的に描いているのだと思う。
 名もなき主人公は、物語が進むにつれ「自分が主人公なのだ」と自覚を持って、リベラル側に立つ。これは人間はリベラルに立つべきだが、しかし、それには個々人が、「自分が主人公」だと自覚と覚悟と責任を持つ必要があるというメッセージをノーラン監督が観客に突きつけているように思う。
 つまり、ルールと権威と秩序に守られた世界が、自由と権利を主張するリベラルによってバラバラにされ、熱を失って冷え切り、取り返しがつかなくなると感じる勢力(権力者)による反動が、物語の発端ではないか。時間の流れを逆転させる「アルゴリズム」とは世の中に秩序をもたらす、ロジックだということだと思う。
 リベラル側に立つノーラン監督は、名もなき主人公たちが、権力に頼らず屈せず、自己と他人の自由と権利を保障し、他人を害し、奪うことなく、自分の意志と努力で前進し切り開くことが、これからの世界の歩み方だと示そうとしたのだと思う。それがTENET(=主義、信条、原則)ではないか。

アメリカの分断

 誰か一人が主人公ではなく、地球上の全員が主人公になることが、この主義(TENET)においては重要だと思う。権力者、既得権益側の立場に立てば、一般大衆という存在は、努力もしないのに、成功(金)が欲しがり、おまけに秩序が乱れると数の力で自分の首を取りにくるような、厄介な輩だと感じているのではないか。
 権力者と一般大衆との分断の溝を巧みに利用し「権力者から、外国から、俺がみんな(一般大衆)に金を盗ってくる」というメッセージを出して、それに一般大衆が飛びついた結果が、今のアメリカではないだろうか。
 名もなき主人公が、やたらと懸垂をするシーンが気になったが、まだ答えが見つかってない。アメリカ人ならピンとくるものがあるのかもしれないが、今のところの生粋の日本人の私の理解は、科学的トレーニングでも、オカルト的なトレーニングではなく、地道で苦しい懸垂を続けることが、成功への正しい道で、それを続ける覚悟、自由への代償の象徴の一つとして懸垂シーンを描いているのかと想像している。

007とTENET

 『TENET』は007をテンプレとしたスパイ映画の面も併せ持つ。007は殺しのライセンスを英国から受けたスパイが、最高の服で着飾り、世界中を駆け巡り、謎の美女と騙し騙されしつつ、悪の組織に立ち向かう。ミッション成功のためなら、犠牲者出てもお構いなしで、壊し、殺し、最後には悪の組織を木っ端微塵にする。
 名もなき主人公の行動で、007のボンドとの違いは、基本的に無駄な殺しはしないし、事を荒立てない。ボンドガール役にあたるキャットは子供がいる人妻で、ラブシーンはなく、名もなき主人公は世界の命運よりも愛するキャットの命を優先してしまう。ボンドなら人妻だと聞くと、割り切った関係になるからとむしろ喜んで行為に及ぶし、愛していても躊躇なく殺す。

キャットとニール

 名もなき主人公以外のメインキャストのキャットとニールの設定も、テーマと深く関わるように思う。キャットは自由の代償を背負う自信をなかなか持てずにいたが、覚悟を決めて最終的に自由を勝ち取る。だが自由の代償として、ラストに再び命を狙われることになったのは、代償は必ずあり、それは生涯続くというノーラン監督のメッセージだろうか。
 名もなき主人公の良き相棒役のニールは、終盤に名もなき主人公との関係が明らかになる。しかし、なぜあれほどまで過酷な道をニールは歩むのだろう。私はニールは名もなき主人公のことをLOVEの意味で愛しているのではないかと思う。名もなき主人公がキャットのためなら何でもするように、ニールも彼のためなら何でもできるのではないか。
 名もなき主人公はアフリカ系で、ボンドガールはシングルマザー、ニールは性的なマイノリティ。そう考えると反リベラル的立場からは、真っ先に捻り潰したくなる相手という気もしてくる。愛より大事なものはないのもTENETの一つなのかもしれない。

映画TENET,ノーラン

Posted by 管理人